蓼科−北八ヶ岳 (冬山教室終了山行)

宮永 恭子

冬枯れの木立の並ぶ雪の山、きらめく樹氷、燃えるような朝焼けとピンクに染まる空、青い空に連なる白い山々、風に舞う雪・・・何もかもが本当にきれいでした。

体力に不安があり、一緒に行くことを最後までためらっていた私を、河合リーダーをはじめ同行の皆様全員が「きっと大丈夫だから、一緒に行こう!」と誘ってくださり、励まし、大きな力で支えてくださいました。そのおかげで数々の心が動く風景と出会い、楽しい思い出でいっぱいの、とっても温かい冬山となりました。




日 程   2003年1月17日(金)夜〜19日(日) 

メンバー  L:河合 浜端 尾崎 名児耶 森内 庄司 胡桃田 江本 宮永

コース   蓼科山登山口〜蓼科山〜前掛山〜大河原峠(泊)

      大河原峠〜双子山〜双子池〜北横岳〜ピラタスロープウェイにて下山

1月18日(土) 朝7時半、蓼科山登山口で身支度を整え、いよいよ出発。

あぁ、緊張するぅ!ラッセル覚悟だったが、ラッキーなことにトレースがある。浜端さんを先頭に、名児耶さん、森内さん、尾崎さんと、体力のある方々に、さらにしっかりと踏み固めてもらった後を歩かせてもらう。江本さん、庄司さん、胡桃田さん、河合さんには後ろから守っていただきながら、ゆっくりと歩く。しばらくしてアイゼン装着。雪の中を歩くのは初めてだが、トレースのおかげで思ったより歩きやすい。雪をかぶった木々の間を、まっ白な雪をふみしめながら歩く。う〜ん、これぞ冬山! 近くにいる森内さんや尾崎さんに、「大丈夫?」と何度も声をかけてもらう。

しかし登り続けて3時間近く経つ頃にはしゃべる余裕はなくなり、「もうだいぶ登ってきたぞ。」「ずいぶん体力ついたなぁ。」「がんばれー!」「もうちょっと。」との激励のお言葉は耳に届いていたが、無言で登る。よいしょ、よいしょ。ふぅーっ。

途中で尾崎さんからの助け舟。みんなより装備を軽くしてもらってるのに、これ以上甘えちゃいけないが・・・先の事を考えてお言葉に甘えることにした。はっはっは。

共同の食材を託すと少し楽になった。がんばって登る、登る。

樹氷がきれいだ。だんだん樹木の丈が低くなってきた。森林限界を超えるとあと少し。やったー到着! 雪が風にあおられるのか、大きな石がゴロゴロとむきだしになっていた。山頂からは見渡す限り、冬枯れの木立の並ぶ雪の山々の風景が広がっていた。

前掛山を通り大河原峠までの下りは雪が深くなり、5番目を歩く私の足も時々ズボッと埋まる。膝をついたり寝かせたピッケルを支えにして、埋まった足を抜く。体力はだいぶ回復してきて、何度か埋まっているうちに這い上がるのにも少し慣れた。

午後3時、大河原峠に到着しテントの準備。整地は大変だ。サラサラの雪のため、踏み固めているのか耕しているのかわからない状態で、なかなか平らになってくれない。みんなで肩を組んで往復し、スコップでならして、4人用テントを2つ設置した。

少し大きい方に9人全員で入り夕食。「重くても豪勢に」という希望によりホタテ、鮭、白身魚、豚肉、白菜、ネギ、えのき、しめじ他、具がいっぱい入った熱々の鍋を囲み「うまいっ!」「こんなご馳走が食べられるなんて」と、みんなに喜んで食べてもらえたのが、お役に立てない食料担当の私にとって何よりも嬉しかった。重い食材を運んで下さったのも全て皆様の力。ありがとう、ありがとう。

アルコールを少し飲み眠りにつくが、寒くて眠れない。内側に寝かせてもらって、テントシューズを履いて、目出帽もかぶってるのに・・・足先も顔もおしりも寒い。

顔までシュラフにもぐり寝る努力をするが、寒さで何度も目が覚める。こんなに寝るのが苦痛だと思ったことはなかった。

19日(日) やっと朝を迎え、朝食を済ませて外に出ると、東の空は燃えるようなオレンジ色の朝焼け。北東の空もピンクに染まり、白い山脈に映えて本当にきれい。「うわーっ! みんな見てよぅ、空がピンク色ですっごくきれいだよぅ!」

みんなに見て欲しくて大きな声で叫ぶ。

「あぁ・・・なんてきれい! 宮永、感激・・・!」

テント内に結露した水滴は凍り、たたくとカラカラと音をたてて落ちていく。テントを傾けて外に出し、片付けを終えて8時前、双子山へと歩き始めた。

青空のもと、白く連なる山々を見ながら歩く気分は最高! 山頂は風が強かったが、眺めがまた素晴らしく、「あぁ、本当に来て良かった!」と実感した。

少し吹きさらしの稜線を歩いて双子池へと下った後、北横岳へはまた登り。「今から400m登ります」との浜端さんの声に気合いを入れて登り始める。かなりの急登。

半分くらい登ったところでバテはじめてペースが落ち、あと少しで頂上というところでヘロヘロになってしまった。がんばったけど、一生懸命がんばったけど、もう足が思うように動いてくれない。最後尾の河合さんに見守られ、「もうちょっとや」「がんばれ!」と励まされてもなかなか進めない。とうとう河合さんにザックを持っていただくことになり、しばらく行くとみんなが待っていて私の荷物を分担して持っていただき、軽くなったザックを担いでなんとか北横岳山頂に到着した。

その頃には天候はくずれはじめ、雪が降りだした。雪の中を1時間余り歩いて、午後2時半にロープウェイ乗り場に着いた。天候の悪化や、私がバテたことや、受講生の体力等を考慮し、みんな一緒にロープウェイで下山することになった。あんなに快晴だった空はみるみる一転して吹雪となり、下山後は雪がますますひどく降り続いた。諏訪SAの温泉で温まり家路に向かう。車中ではずっと喉が渇き、帰宅中に1L半くらい水分を補給する。バテた時には渇きを感じなかったが、水分不足が大きな原因だったようだ。女性はつい控えてしまいがちの、水分補給の大切さを痛感した。

窓の外は降り積もる雪。白い木々が夜の中に浮かびあがって、とてもきれいだ。

みんなと歩いた風景と温かい思い出を大切に胸にしまい、ホットな山行を終えた。

同行の皆様方、本当にお世話になりました。私を助けて励まし、みんなで重い荷物を担いで下さって本当にありがとう。常に先頭で、しっかりとトレースをつけて導いて下さった浜端さん、私の近くでずっと気にかけてくださった尾崎さん、みんなを後ろから見守り、フォローしてくださった河合さん、ありがとうございました。同行できなかったけど、いろいろとご指導いただいた先輩方にも深く感謝いたします

           

-------------------------------------------------------------------------

     記録・感想                 庄司 弘

山行要旨:20日までの計画だったが、天候悪化のため、19日に下山した。

ルートは殆ど膝下の新雪であり、コースタイムも悪かった。

【一日目】 1月17日(金) 晴れ

20:00 早い目に出かけたら、阪急西宮北口駅で、浜端氏とバッタリ。テント運搬担当というのにザックの小さな事。自己装備を切りつめておられた。僕は冬山縦走は初めてなので、あれもこれもザックに詰め込んできたものだ。

20:50 阪神今津駅から、名児耶車で出発。大津ICにて、全員と合流。名児耶氏は、飛ばす飛ばす。

【二日目】 1月18日(土) 晴れ

01:30 諏訪湖IC着。さっそくテント泊。ぐっすり眠れた。テントは、以外と暖かいものだと思った。外気温も暖かく、起床時のテントの内張は呼気で濡れていた。

05:00 起床。ICで朝食後、出発。設営・撤収の速さには驚き。ベテランの迅速な動きには感心した。暖かいと思ったのだが、自動車内の窓ガラスは、車中泊の人達の呼気が凍って真っ白。

07:00 蓼科山登山口(すずらん峠園地駐車場)着。此処までの道路はきれいに除雪されていた。この辺一帯の雪量は、総じて少ない様に思えた。このレベルの雪なら、楽しい山行になるのではないかと思ったが、この認識が甘かった事を後で知る。気温マイナス5度。

07:30 登山開始。人気コースなのだろう。登山客も5名ほど先行しており、トレースも踏み固められ、楽に登れた。今回の縦走は、1時間に5分ほどの小休止を取りながら行われた。短い休憩で息を整えたり、地図を見たり、行動食を食べたりするのは大変だった。ダケカンバやトウヒやシラビソの樹林帯を抜けて登る数時間は楽しかった。

11:05 蓼科山頂。森林限界を越した直ぐ上に頂上が有る。無雪期ならゴロ岩の山頂だが、今は雪原になっている。所々、岩の先端が露出している。此処から、蓼科山荘方面へ下山するが、何と、トレースが無い。皆さん、登山口ピストンで帰るのだ。竹竿の案内標を頼りに下山する。初心者どもは、新雪のラッセル跡をころがり滑りながら下山する。河合氏に重心を後ろに置いた正しい降り方を教わるのですが、うまくいかないものです。コースタイムがめっきり落ちる。

11:40 蓼科荘(将軍塚)着。小屋は冬季閉鎖中で、1m程の雪に埋もれてる。蓼科山頂以降は、新雪でトレースが消えており、アイゼン装備で膝下の新雪を踏み固めながら歩いていく。ワカンは全行程使わなかった。樹林帯の中を抜ける時は、股まで踏み抜いてしまうのが辛かった。コースタイムは悪く、予定の双子池まで辿り着けないであろうと思われた。天気も良く、風も雪もないベストコンディションなのに、進行速度が思うに任せない事に雪山の怖さの一面をかいま見た。

15:00 大河原ヒュッテ着。小屋は冬季閉鎖中で、1m程の雪に埋もれている。ヒュッテそばの高度2,100m地域で幕営。双子池は此処から2km南にある。樹林帯から出た稜線帯だが、当日の状況では風はまだ強くなかった。シュカプラが美しい。

16:00 テント内で水作り。1時間かけても思うような量の水を作れず、水作りも大変な作業だと思った。宮永氏の心づくしの豪華な寄せ鍋を美味しく頂く。百花繚乱な具が入り乱れおどり食い的な素晴らしい料理で速攻完売。ホットウィスキーも美味しく極楽だった。僕(庄司)は聴覚障害者である。ミーティングの内容が理解できない為、疲れていた事もあり眠気に耐えられなくなり、ついウトウト寝ていた。

19:00 就寝。月灯りがテント内張を透かして届いてた。深夜の景色を楽しみたかったが、同行者を起こすであろうから、朝まで寝てた(=爆睡してたとも言う)。皆さんの寝袋は以外と軽装で驚いた。僕は、冬山用の重たい寝袋を持参したので、非常に暖かかった。

【三日目】 1月19日(日) 曇のち雪

05:00 起床。水作りと朝食。この間アレコレとテント内で作業している。あっという間に2時間以上たってしまう。雑炊とお茶、コーヒーを頂く。朝焼けの山容は美しかった。撤収時に、大キジを催したので全く手伝えない状況だった。幕営などの共同作業でその人の真価が判ると理解していますので、大変申し訳ない事でした。数日ぶりに気持ちよく大キジが撃てたが、稜線上の風と寒さがお尻を刺して震え上がった。気温マイナス8度。

08:00 出発。途中、雪崩の跡を横切る。雪崩跡を実際に見るのは初めてで、トラバースもヒヤヒヤものでした。

08:30 双子山山頂。強風の稜線。中央アルプス/蓼科山/北アルプス/八ヶ岳の山容を見る。これまでの疲れや思考も言語も吹き飛ぶ一瞬である。この景色が見たかったのだ。此処まで我慢したのだ。

09:40 双子池着。ひたすら高度を落としながら、メルヘンチックな風景の小さな池に出る。此処で20分休憩して出発。失った高度を稼ぎにひたすら登る。登り坂に差し掛かる度に苦労する。ラッセル担当はもっと苦しいだろうに、ペースが落ちないのは凄い事だ。昼前から、背中が痛くなり出す。テント場までの後数時間の辛抱と思いながら歩く。

13:40 北横岳着。ひたすら苦しい登りの果てに辿り着いたので、喜びもひとしお。この辺から天候が悪化する。風も強くなり、視界が悪くなる。途中、アイゼンがゆるんで付け直した。ゆるむなんてアイゼントレでも無かった事で驚いたが、朝の装着時に雪や氷をキチンと取除かなかった為、噛みこんだのだ、今度から気をつけないと…。足早に、坪庭を通過。快晴なら、シラビソの樹林帯の美しい所に違いない、惜しい事です。北横岳からはトレースもシッカリして歩きやすかった。ホント、新雪の中を歩くのはそれほど大変だった。

14:30 ピラタス・ロープウェイ頂上駅着。アイゼンを外す事で、解散を知る。此処から、岩場があり、視界が悪いと危険だから中止とのこと。体力的にはまだ耐えられたと思うが、悪天候で縦走を続けるのは危険だろうし、最善な判断だったと思います。この悪天候は、二つ玉低気圧によるものでした。

16:30 尾崎氏達が、タクシーで駐車場まで自動車を取りに行くまで、ピラタス荘でビールを飲んで優雅に待機。浜端氏提供のサラミやナッツが美味しかった。諏訪湖IC内に温泉があり、汗を流して帰神。自宅近辺まで送って頂け、お陰で深夜24:30には帰宅できました。名児耶さん、皆さん有り難うございました。

今回、同行者に恵まれて楽しい山行でした。

労山入会時に、日常的なトレーニングを勧められ、毎晩のランニング等で、体力的には自信があったが、下半身に問題が無くても、上半身(背中や肩の筋肉)が、冬山重装備に耐えられなかった。最終日には上半身が相当痛かった。これが残念だったが、今後は、上半身の筋肉をシッカリ鍛える等、目的に合ったトレーニングで再起を期したい。個人的には、年代物の古いリュックが肩に合わないのだと思いたいが…。

雪上に放置するなど、手袋の扱いがズサンで、浜端氏から大変な心配を頂きました、申し訳ないです。今後は粗末に扱う事無く、やむなく手袋を外す場合は、確実に懐中に仕舞う様にする。その他、冬山ならではの装備や行動食の内容、全般の個人行動に気をつけたい。

僕は、マイペースのハイキング山行が多く、厳密なグループ登山に慣れていない。今回の山行で、冬山登山の厳しさを体験した。今後は、グループ全体の益を満たすテキパキした行動を心がけたい

戻る