南アルプス―仙丈ケ岳
                                      網倉

 前沢峠にいたる南アルプス林道はマイカーが規制されている。私たちは、長野県側の長谷村仙流荘バス停前の駐車場にテントを張って朝を待った。ここを始発とする村営バスの終着はこの時期、歌宿までとなっていた。本来のバスの終着である前沢峠までは歌宿から歩いて二時間程度らしいが、残雪の具合が掴めないので実際にどれだけかかるのか予想がつかない。この夜は二三時間の仮眠をとっただけなので、歌宿から前沢峠までの登りが私には少し不安だった。寝不足が即体調に出るタチだからなおさらだ。車のトランクには増税前に買っておいた発泡酒を一ケース積んでいたが、そこから何本ザックに積め込むべきかバスに乗る直前まで悩んでいたほどだ。発泡酒が重くて中途でへばった、などということになったら大変である。へばる理由としては不謹慎だ。

熟考の末、結局私はザックにギュウギュウになるまでサッポロ生搾りを詰め込んでみた。かさばる荷物が多いのか、350ミリリットル缶が入る余地は九本分しか残っていなかった。パーティーの皆さんから御協力を頂いたお蔭でトランクに置き去りにされた発泡酒は三本ですんだが、70リットルのザック容量には少々限界を感じた。雪山に登るなら、ザックはやはり最低80リットルは必要かもしれない。

 バスの車窓から見える南アルプスの尾根はすっかり地肌を晒していて、本当に雪山登山に来たのかと疑心暗鬼になる。冬らしさをまだ残している中央アルプスの東壁が羨ましいかぎりだ。長野県側は南アルプスの西側であるから、是即ち南アルプスの西壁しか見ることができない。西壁に見える残雪のなんと寂しいことか。容赦無く山肌に熱を浴びせる西日はかくも雪に冷たい・・・、いや、かくも暑い。それでもバスが高度を上げるにつれ、樹間にうずくまる雪の量は増えていった。下界で想像したよりも雪量は随分とましなようだった。

 バスは、歌宿から少し前沢峠寄りまで走ってくれた。木陰では覆い隠せない部分の雪融けが、今年は早いのに違いない。お蔭で半時間分は距離が稼げた。下車した地点から前沢峠の手前にある大平小屋までのアスファルト道はすっかり露わになっていた。プラスチック=ブーツの靴底が減りはしないかと多少気になる。初夏さながらの陽気はもう止めようもないだろうし、バスが前沢峠を終着にするのも、時期、間もなくのことだろう。雪に覆われた近寄り難い存在から、徐々に化粧が剥がれて身近な存在になっていく様を肌で感じ、神戸に置いてきた連れ合いのことが思い出された。

 大平小屋から先はアスファルト道を離れて山道を辿る。正確な時間は西さんの山行記録に譲るとして、感覚としては、バスを降りてから前沢峠のテント場まではほんの一時間ちょっとの道のりだった。取っ付きまでの行程は短いに越したことはないが、出発前の杞憂に全く及ばず、少々肩透かしを食らった感じだ。テントを張って荷物を整理し終えても、太陽は一番高いところまでまだ達していないようだった。

私たちは時間的に余裕をもって、甲斐駒ケ岳への分岐となる仙水峠への往復ハイキングに向かった。仙水峠からは私たちの明日の目的地、仙丈ヶ岳が青い空に映えていた。三千メートルを越え、その穏やかな風貌から「南アルプスの女王」とも呼ばれている。雪を抱いた山は、やはり美しい。その頂上を極めたいと思う衝動が、人間にとってとても自然なものに感じられる。この一年ほとんど山に登っていなかった私に、新しい血が再び注がれたような気がした。非日常にやってくることで、やっと日常を見つめ直せそうな・・・、そんな気分である。人間、ときどき輸血が必要だ。できれば一・ニカ月に一度くらいが望ましい・・・。

 テント場に戻るとさっそくみんなと発泡酒で乾杯する。今回私は装備班だった。でも装備に関しては高松さんがほとんど準備してくれたので、私自身がパーティーの一員としての役割をきちんと担えたとは言い難い。装備できたのは発泡酒ぐらいだったのであるが、ゼロよりはまあましか、と自分を慰める。今回は縦走ではなくピストンなので食事も豪勢だ。生のうどんから作る煮込みうどんの具も豊富。明日の夜は酢豚だというのにも驚きだ。満腹感に前夜の睡眠不足も手伝って、日が暮れる頃にはみんなテントに潜り込んだ。久し振りのテント泊なので星空に期待していたのだが、明日に備えるために私も早寝した。

翌朝目覚めると星は消えた後だった。星のある時間、ずっと寝ていたのだ。もったいないことをした。明るいうちから星のマークのサッポロを飲んだのがいけなかったか・・・、久し振りの登山、今晩こそは流れ星でも見つけてやろうと思った。


 忙しいままに、仙丈ケ岳山行から一カ月がたってしまった。記憶が新しいうちに一番肝心の、仙丈ケ岳の頂上から望む中央アルプス・北アルプス・北岳・富士山のパノラマの感想を書くはずであった。

脳裡に出現する白い山並みははっきりしている。写真を見て一々思い出す必要もない。それなのになかなか筆が進まない。非日常の美しさを日常に戻ってから言葉に表すことは難しいみたいだ。

とりあえずこの風景は自分の心のうちにしまっておこう。“次”を目指すエネルギーを体内に飼っておかなければ、再び山から疎遠になってしまいそうで怖いのである。


記録

5/2 事務所(9:10)→(阪神・名神・中央道)

 →仙流荘・長谷村バス営業所前(2:30着)仮眠

5/3 6:30起床

   8:25 バス出発 仙流荘(長谷村バス営業所前)

 9:10 歌宿から少し行ったところ着(雪がなかった為サービス運行)

     (バス代¥800+¥200(荷物)¥1000/人)

 9:55 大平山荘着

 10:00 大平山荘発

 10:35 テント場着   テント設営

 11:35 テント場発

 12:15 仙水小屋着(お水がめっちゃおいしかった!)

 12:25 仙水小屋発

 12:55 仙水峠着 (摩利支天がきれいに見えた)写真撮りました

 13:15 仙水峠発

 13:40 仙水小屋着 (太陽熱を利用して湯を沸かしたりしてた)

            アイゼン装着

13:55 仙水小屋発

    途中の斜面を利用してアイゼン歩行・ピッケルの練習

14:45 練習場発

15:00 テント場着

    交流会

16:00頃 夕食の準備

19:00 就寝

5/4   4:00 起床 朝食(テントで)

6:30 テント場発

7:10 二合目着

7:15 二合目発

7:35 三合目着

7:40 三合目発

7:55 四合目通過

8:23 大滝の頭通過

8:35 大滝の頭と小仙丈ケ岳の間(2670m地点)着(展望良し)

8:50 2670m地点発

9:30 小仙丈ヶ岳発 (アイゼン装着?)

10:40 仙丈ヶ岳着 360度のパノラマです。

    風もなかったのでかなりゆっくり写真を撮ったり氷をペットボトルに入れたりして過ごす。

11:15 仙丈ヶ岳発(アイゼン装着のまま)

12:10 アイゼン外す

12:20 出発

    樹林帯の中も足跡が踏み固められちょっとアイスバーン状態

    途中で四名は3合目あたりでアイゼン装着しテント場まで)

13:50 テント場着 

    交流会

16:00頃 夕食準備

19:00  就寝(星を眺めていた人もいました)

5/5   3:30  起床 (朝ご飯はテント内で各自行動食)テント撤収

    4:55  テント場発

    5:05  長衛荘着

    5:25  大平小屋着(バス停で時間がありそうなので水を調達)

    5:30  大平小屋発

    6:25  歌宿バス停着(コーヒーなどを飲みながらバスを待つ)

    7:30  バス発車(7:45発の予定だったが…)バス二台

    8:00  仙流荘(長谷村バス営業所前)着

         温泉が10:00からだったので棒ラーメンを食べ、テントを干し過ごす。

    9:30  仙流荘(長谷村バス営業所前)出発

    10:00  温泉(桜湯)雪をかぶった中央アルプスが見えた

    11:15  桜湯出発

    11:45  蕎麦屋発

    17:00  事務所着(それほどの渋滞にも巻き混まれず) 

  


戻る