山行報告書
神戸勤労者山岳会
1.参加者
増田、大石、庄司。
2.山域・ルート
錫杖岳(『左方カンテ』 P1〜P8)。
3.交通手段
JR西宮〜中尾温泉口無料駐車場…自動車による往復。
4.行動記録
入山日:2006年09月08〜10日。
20060908 2100阪急西宮北口集合
20060909 0200中尾温泉口駐車場
0530起床
0800 錫杖沢出合、テン場設営
0920 登攀開始(P1)
1420 登攀終了(P8)
1700 テン場帰着
20060910 西穂高独標ハイキング
2130 阪神今津で解散
5.山行中の問題点・事故に繋がる要因
a)予定のルート・日程で行動出来たか 予定ルートをはずれた場合あるいは日程が異なった場合はその理由
(1)予定どおり行動できた。テン場を、快適な錫杖沢出合に変更した。
(2)未知の岩場をフリーで全てリードするということで緊張した。事前にinetでも各種データをチェックした。「日本のクラシックルート」記載のトポ図が実地に即して明瞭で判りやすい。「日本の岩場」のトポ図では判りにくい。
c)事故に繋がりそうな要因(ヒヤリハット)が発生したか 発生した場合は具体的に記す。
(1) P1のルンゼを登攀するとき、堅固な確保支点である大木に、ツインロープの感覚で1個のカラビナにダブルロープを掛けたが、これは間違い。1本ずつ、独立したカラビナに通すようにするべき。また、カムの設置に失敗した(カムが1個外れたそうです)。
d)パーティーで山行中の事故に繋がる要因について山行後検討したか
(1) 上記(C)の(1)について検討した。
(2) P8頂上からの懸垂下降時のロープを回収する際、赤ん坊の頭くらいの落石を呼んだ。全員、落石を確実に視認しており動揺しなかったが、落石は、大石さんの頭の1mヨコを落下していった。ロープの回収時は、周囲の岩を巻き込まないように、また事前に落石の要素を排除するようにする。
6.その他、ルートに関する情報・気が付いた事など
(1) 北アルプス山系の錫杖岳は、天候が変わりやすい。前夜からの雨で登れるのか不安であった。錫杖岳は遠方から見ても、近くから見ても、難攻不落な岩の壁という感じで圧倒される。当日、取り付き点に達すると、岩も乾いており、しかも堡塁岩や不動岩の岩質にも似たしっかりした岩で、ハーケンやボルトもしっかりしており、気持ちよく登攀できた。『左方カンテ』は、錫杖岳の弱点を突いた好ルートです。
(2) 人気コースであり、2人パーティが5ペア程先行した。最後尾の私たち3人パーティがダイレクトな影響を受けるほど、おくれ気味の登攀だった。
報告者氏名 庄司 2006年09月10日
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「左方カンテの悩ましさ」
庄司 弘
【♪あなたのリードでザイルも揺れる♪】
錫杖岳RCは、masさんの企画。
錫杖岳の『注文の多い料理店』ルートに興味をもっておられたようで、「登りませんか?」とのお誘いに、「行きたいけど、リードで登るのが本当だから、登れる実力がない場合、登攀するべきではないと思う、少し考えさせて下さい」と返事した。
大急ぎで、その週のうちに、inetで情報を集め、「オールフリーでなければ行ける。いざとなれば、アブミを使えばいい」と結論し、参加する事にした。
(注:現在は、オールフリーのルートに改造され、アブミは使えなくなったようです)
「shoさん、全部トップで行きますか?」とおっしゃるので、「トップでなければ、チャレンジする甲斐がないです」と答えたら、masさんの目がキラリと光ったと思う。
【♪左方カンテの悩ましさ♪】
さっそく練習スケジュールを組むとして、社会人の悲しさ、思うような練習日が取れない。
週一回の平日の夜のクライミングジム通いを必須としても、現実の岩場の登攀を数多くこなさないと悔いをのこすだろうとmasさんは考えたようだ。
それで不本意だったようですが、当初の『注文の多い料理店』から、登攀グレードのやや落ちる『左方カンテ』ルートにコース変更となった。
岩登りのグレードというのがあって、『注文の多い料理店』が6級なら、『左方カンテ』は5級プラスだ。
shoの岩登りの実力は、4級をヨタヨタ登れる程度。
5級以上のグレードを安定して登る力がないと、取り付き直後に「危ない!危ない!」とワメきだして引き返す事になり、「かんぱち」などで、「口先だけはイレブン」「あほうカンテ」とネタされる事が予想され?、shoの悩みは深かった(多分そのようなイジワルな人は神戸労山にはいないけど)。
順調に週一回のジムで鍛え、またoisさんのビレイで、お盆の御在所岳/前尾根の日帰りRCで練習を組んで頂いた。
3級主体といえど、未知の岩場をトップで上がるのは、良い訓練だった。
前尾根最後のP2ヤグラ(4級)を無事に越えた時、「錫杖岳も、このように登れたら…」と悩ましく思った。
5級の岩場をトップで上がるのは、どうも想像がつかず、悶々とした日々が続いた。
9月の御在所岳/中尾根の泊まりRCで、5級の岩場をトップで登らせていただいた。
条件の悪いボロボロのクラックの登攀で、足は滑るし、手は不安定なグリップで、恐ろしかったが、5級の手応えを感じ、慎重に登れば何とかなるだろうと自分に言い聞かせた。
「日本式グレードの5級なら、根性で、なんとかなりそうだ」
(アメリカ式グレードの場合、ならないものはならないけど…)
その1週間後、ついに錫杖岳の登山日が来た。
今シーズンは、充実していて、shoにとって、ホント一瞬の短い夏に感じられた。
曇天の関西を、ライトバンで夜9時に出発し、小雨のぱらつく信州路を夜どおし運転交替の深夜特急で現地の中尾温泉に着いたのは、深夜2時だった。
車中で朝5時半まで仮眠し、曇天の早朝の槍見温泉の笠ヶ岳登山口を、1回の渡渉を含むノンストップ80分で、錫杖沢出合に着いた。
登山道から、錫杖岳がアップで見えはじめたら錫杖沢出合が近いと判断し、しばらくして、登山道左手(クリヤ沢右岸)に錫杖岳を見通せる明瞭な沢筋を発見したら、錫杖沢だ。
既に先行者達が、錫杖沢出合にテントを3個張っていた。
整地され快適そうなテン場なので、この出合にテントを張ることにした。
ザックから、軽量なサブザックを出し、装備を詰めた。
今回は、sho初見の岩場を3人で登るので、登攀道具など装備の軽量化や、登攀システムには、masさんたちも配慮していた。
たとえば、ザイルは当初、トップを交代しつつ登攀する予定だったため、9ミリのシングル2本を使った連結(sho−ois−mas。)を考えていたが、軽量化とスピードに重点をおき、またshoが全ルートをリードすることにして、超軽量な8ミリのダブル2本を使う連結(sho−ois。sho−mas。)で行った。
登攀を終えたshoが各人をトップロープで確保し、同時ビレイするシステムとした。
これは、3人パーティの迅速な行動を考慮したものである。
当初予定のシングルロープでの、単独ビレイしては時間がかかるため。
登攀に使用するカムも、軽量化のため、必要なサイズの5セット持参に絞った。
午前8時半には、テン場を出発し、錫杖沢の真っ白な涸れ沢をダイレクトに遡行した。
左岸の、見通しの利かない深い茂みの中を通る巻き道を遡行しても行けるが…。
帰路は巻き道を使って戻る方が、岩場での転落のおそれがないので安全。
事実、帰路は巻き道を使った。
錫杖沢は、ところどころ伏流が流れており、ここで飲み水を補給した。
(クリヤ沢の水は汚いので飲めない。)
街の中では考えられないけど、川の水が、そのまま飲めるなんて、素敵な事だ。
長時間、急傾斜の沢を遡行した様な気がしたけど、30分後の午前9時には、錫杖岳前衛フェースの取り付き点に到着した。
紙切れにのっぺり書かれたトポ図と違って、実際の取り付きは、緑濃く奥行きと広がりがあったが、間違いなく『左方カンテ』取り付き点である。
取り付きは、わりと広いクラックだった。
複数の先行パーティが既に登っており、高みの木陰を通して、ヘルメットや装備が朝日にキラキラ光っていた。
天気も好天の兆しで、曇天を半分に割って青空が見える。
前夜の雨で、岩肌がグショグショに濡れているのではないかと気にしていたけど、この天気なら、そのうち岩も乾くだろう。
【乱れるムーブも恥ずかし嬉し♪】
9時20分には、サブザックから装備を出し、身じたくした。
ダブルのザイルを、oisさんとmasさんと連結する。
トップsho−セカンドois−ラストmasの登攀順位を再度確認する。
『左方カンテ』は、oisさんが数年前、登攀されている。
経験者が同伴で心強かった。
oisさんもmasさんも、実力・実行力のある人で、行動中は頼もしく、御在所や錫杖岳の初見の岩場の恐ろしいところを登っていても、バックアップが信頼できるから、無心に登る事ができてホント心強かった。
左方カンテは人気の岩場だから、取り付きには既にパーティが2組待機していた。
先行パーティの登攀が終わり「行きましょうか」とmasさんから声がかかる。
(P1)取り付きは2箇所ある。先行パーティが左側のフェースを登ったようなので、待ち時間を短縮したく、直ちに右側のクラックから入ることにした。ここは濡れた真っ暗なナメ・クラックだった。こんな所でツルリと滑ったらイヤだな?と思いながら、ムーブを工夫する。難しくもなく2手で決まって、後はそのままビレイ点まで登っていった。トポ図では3級とあった。ビレイ点で、先行パーティの白髪のビレイヤーに挨拶した。すぐビレイ点を共有いただけた。ビレイ点は木の幹だった。oisさんとmasさんを順調に引き上げ、P2に向かう。
(P2)ルンゼ状になった乾いたフェースだった。トポ図では4級マイナスとあったが、体感では3級としか印象に残っていない。ビレイ点は木の幹だった。oisさんとmasさんを順調に引き上げ、彼らにはP3の取り付き点まで、少し登って頂き、shoを引き上げてもらった。
(P3)先行パーティがあると、どうしてもビレイ点で渋滞する。僕たちは3人だったけど、oisさんやmasさんの登攀にムダがないこともあって、2人パーティに充分追いついて登れた。先行パーティは、5級の場所ではアブミを使う人工登攀組もいたが、僕たちは(念のためアブミは持ってきたが)、オールフリー予定だった。P3は、のっぺりした絶壁に軽いハングがあるように思われたが、思い切って登れば、上部に大きなガバがあり、最終的には安心して突っ込めた。岩もシッカリしており、比較的やさしい5級と思う。無事にビレイ点に着いたら、先行パーティが雑談したり飲食したりで、唯一のビレイ点を素直に渡してくれない。しばらく待ったけど、動こうとせず平然と行動食をムシャムシャ食べている。ほんとにマナー違反なオッサン達だよ!。腹が立ったし、ノービレイでは危険なので、彼らのビレイ点に強引に割り込んだ。oisさん達を引き上げようとする寸前に、ようやく僕たち専用に良い場所を明け渡して貰えた。
(P4)ここは、クラック・クライミングで、狭い岩の裂け目に強引に身体を押し込んで、せり上げていく。クラック内は窮屈だけど、岩の裂け目に上手にハマっている限りは、転落の危険もなく安心できた。ただザックが岩に密着し、身動きできないから参った。ザックを岩から外そうとしたら身体も落ちそうに思え、「ザックが裂けるかな?」と思ったが、強引に岩壁に背中をゴシゴシこすりつけながら、せり上がった。トポ図では4級とあったが、ザックがなければ3級くらいではないか?と思うほど困惑した。
(P5)5級の絶壁フェース。人工登攀組もいたが、僕たちはフリーで上がる。のっぺりしたフェースではないが、ホールドは細かい。人工登攀用にボルトが連打されており、支点確保がしやすくリラックスして登攀できた。ここがオールフリー化でボルト撤去され、ナチュラルプロテクションオンリーになったら、少し難度が高くなると思う。垂直フェースを越えたら、ちょっとしたテラスに出た。ここでビレイをしても良かったが、もう少し上部までザイルを延ばそうと考え、更に階段状の岩壁を登攀した。そのため次のP6は、印象に残らないほど、短いピッチとなった。
(P6)P5の終了点で、oisさんとmasさんを引き上げてから、お二人に先にP6へ行って頂き、それからshoも上がっていった。2級くらいの階段だった。
(P7)大きな灌木の生えたテラスが取り付き点だった。灌木を踏み越えた最初の一手が勝負らしい。灌木を少しでも高く踏み越え、頂上から移れば越えられるかもしれないけど、そこまで試すのは野暮だろうと判断し、あっさりA0。ヌンチャクを掴んでマントリングで上がった。あとは大きなクラックを両足で突っ張りながら上がっていく。背中側のクラックがナメ的に濡れていて、ツルリときそうで恐ろしかった。クラック・クライミングはあんまり経験がないので、対応にてこずった。ランナウトは危険なので、積極的にカムを3個、クラックで使った。少しずつ拡がっていくクラックの中を必死で這いずり上がる。クラックを抜け出し、頂上付近の垂壁の空中に放り出された時はホッとしたが、フェースはもろく、ホールドも細かく、ムーブに苦労した。下で見ているoisさん達も、「難しいところから登ってるな。やっぱり苦労しているなあ」と思っていたそうだ。時間をかけて非常に迷いながら登攀したけど、上手な人なら的確な一手一手でテキパキ登ったハズ。乱れるムーブながらも、無事に難関を乗り越した時は嬉しかったね。
P7が一番の核心部で、5級プラスは当然の印象。
(P8) トップでリードするのは大変だ。良い経験をさせて頂いた。「もう、この辺で帰りませんか?」と泣きが入るところだが、後から上がってくるoisさんもmasさんも集中した引き締まった表情で楽しそうだ。「川を渉って木立の中へ…」この壁を越えたら終了だ。ボロボロな垂壁に取り付く。剥がれそうな薄いフレークがビッシリついていて、のっぺりした垂壁ながらもホールドが豊富、それで4級。
P8終了点まで来た時は、「もう終わったな。後はセカンドのビレイで終わりだな」と安心した。
終了点では、先行パーティが5組くらいの団体さんになって固まって、今来た道を懸垂下降する寸前だった。同じ山岳会グループだそうだ。
大急ぎで後続をビレイしてから、先行グループに降りていただいたが、帰路渋滞が案じられた。
それで帰路は、先行パーティとは違ったルートで懸垂下降する事になった。
具体的には、懸垂で、P8頂上からP8取り付き(1回目)。
P8取り付きからP7の取り付きのテラスまで、垂直な岩場を下降(2回目)。
狭いテラスの下降点から、『注文の多い料理店』側の壁を途中の狭いテラスまで下降(3回目)。
狭いテラスから沢まで下降(4回目)。
先行パーティは、登攀ルートどおりに降りた様だ。
僕たちは、何回も50mのザイルを目一杯使い、長い距離を落ちるように降りた。
oisさんもmasさんも、このような長い懸垂下降は初めてだそうで、錫杖岳の絶壁のスケールの大きさがわかろうというものだ。
oisさんによると、「懸垂で、もしザイルを回収できなかったり、ザイルにトラブルがあったら命取り」だそうで、ハラハラしておられた由。
1回だけ、ザイル回収時に、P7の取り付き上部のクラックにザイルを手ひどく引っかけ、この時だけは、アブミ使用で登り直し、ザイルを回収した。
【♪左方カンテは思い出カンテ♪】
無事に沢まで降り、皆さんと登攀成功の握手をした時はホッとした。
oisさんもmasさんもアルパイン気合いの入った強い人達だと、あらためて思った。
気合いのある人たちとザイルを組めて本当によかった。
懸垂ルートを変えたため、先行パーティと同じ時間に沢へ降りられた様で、テン場帰着は同時間だった。
天候だが、登攀中、一時は雲に覆われ天気も崩れかけて心配したものだ。
テン場に戻った時も空模様が怪しく、クリヤ沢の中のテン場だったから、夜中の不意の降雨に備え、いつでも撤収できるように荷物をまとめた。
こういう行動が、自然にできる所がベテランだと思う。
それからの宴会では、shoは、大酒を飲んでゴキゲンサマになって、ひっくり返った。
45歳を越しても、お酒に飲まれる人である。
酔い醒めの水を飲みに、真夜中、テントからゴソゴソ起き出し、星月夜のあかりに照らされた白い谷間の美しさに呆然と外で1時間座りこんでいたら、masさんが心配してテントから顔を出された。
せっかくアルプスに来たのだから、翌日は、西穂独標まで駆け足でハイキングした。
西穂ロープウェイから見る錫杖岳は、触ると痛そうな鋭角カド刃の稜線と、重量感あふれる恐ろしい岩壁の山だった。
山容が、じつに漢字の『山』という字にホント似ているな、と思った。
温泉で入浴を済ませ、午後5時には西穂高を後にした。
道路が空いていた事もあり、午後9時には、阪神今津に着いた。
皆さん、どうもありがとうございました、思い出に残る良い登攀でした。