明星山再訪
〜フリースピリッツ登攀〜
中原
深夜にキャンプ場に到着した僕たちがテントに入るのを待っていたかのように雨が降り出してきた。テントをたたく雨音は次第に強くなっていき、僕たちを不安にさせていく。今回が3度目の明星行で、過去2回は取付きに立つことすら適わず計画を中止していた渕上さんと僕にとっては、今度も又もや登れないのではという思いが少しずつ膨らんでいった。
夜明けになってようやく雨は止んだ。とりあえず登攀の準備をしてテント場を出発する。P6南壁の対岸の展望台から眺めると白い石灰岩の岩壁は今は黒くなっていた。それでも上部には陽が当たり始めてきている。取付き点まで行くことにして小滝川への草付を下降していく。小滝川は飛び石伝いに渡り難なく取付き点に到着することができた。見上げると下部岩壁は濡れているが、上部は白くなってきている。今日の天気は回復することは判っていたので登攀を開始する。
ルートはまず草付帯を左上していく。濡れた草とホールド上の土が足を滑らせいきなり慎重な登攀になる。草付帯をすぎるとルートは本来のフリークライムとなっていく。フレークをレイバックで登っていくが、スタンスはまだ濡れておりフォローもデリケートな登攀を強いられる。この後一旦クライムダウンした後右上、折り返すようにハングの下のガバホールドを頼りに左上する。続くピッチがこのルートの下部の核心だ。被り気味の凹角を登った後、足元の見えないスタンスにスメアを効かせてクロスムーブでクライムダウンしていく。足下にははるか下に小滝川の青い流れが見えている。つづいて凹角からカンテを超えて直上した後クラックから傾斜の落ちたフェースを登っていく。何処でも登れそうだが、ルートを外れると一抱えもある岩が簡単に動いてしまう。慎重に、慎重に。一歩間違えば浮石の罠に捕まってしまうぞ。ルートファインディングに気を使いながら登っていく。
やがて下部岩壁が終わり中央バンドに到着。ガレ場の中央バンドを越え、一段上のテラスまで登って、壁の中で初めて小休止をとる。見上げると黒い洞穴や鷹の巣ハングが頭上に張り出している。テラスからはランペを右上した後直上していく。リードする増田君にトラバースポイントがあるかどうか下から問うと、しばらくしてトラバース地点を見つけました!のコールが帰ってきた。この時初めてこのルートを完登できる確信が持て、一人ニヤリとする。
パノラマトラバースと呼ばれる、このルートを特徴づけているこのピッチは足下に数百メートルの空間が広がり、露出度の高いバンドをトラバースしていく。途中にはバンドが切れており、切れ間からははるか下方に小滝川が流れている。緊張感と登攀の真っ只中にいる喜びを久しぶりに味わいながらゆっくりと進んでいった。続くピッチは実質的な最終ピッチだ。グレード的にはルート中最も困難となっているが、このピッチだけはこれまでとうって変わって残置ピンも多く、快適に登っていく。更に2ピッチ登って南山稜に出て登攀は終了した。
下降は南山稜をロープをつないだまましばらく下降する。やがて下降路の目印となる大木まで降りて来て初めてザイルを解いた。この後判然としない踏み跡をテープを頼りに下降、途中一度ルートを間違うが何とか小滝川に降り立つことが出来た。夜間の下降は困難を極めるだろう。
再び対岸の展望台まで登り返し、今日登ってきた壁を振り返ってみる。まだ壁の中には登っているパーティもいた。この巨大な白い壁の中ではクライマーはさながら蠢く虫にしか見えない。僕たちもさっきまで蠢く虫だった。
残地ピンを辿っていくクライミングをしていてはけして登れない、浮石の処理とルートファインディング能力、そしてフリークライミングの力を要求する白い大岩壁。それだけに登れた時の喜びは深い。それが明星山P6南壁のフリールートだ。思えば17年前に初めてこの壁を訪れて左岩稜を登った時からいつかはフリースピリッツを登りたいと思い続けてきた。17年目にしてようやく登ることが出来た喜びが静かに広がってくる。登攀そのものはあっけなく終わってしまったが、この壁にはまだ多くのフリールートが僕たちを待っている。それらのルートを登るためにはもう一段上のトレーニングが必要になるだろう。それでもやはりこの壁はもう一度登りたい。そういう思いが募ってくるのを感じながら今回の山行を終えた。
【記録】
登攀ルート 明星山フリースピリッツ 16ピッチ 5.9(「日本のクラシックルート」から)
登攀日 2007年10月13日
メンバー 中原、渕上、増田
登攀時間 取付き8:15…11:10中央バンド…13:40終了点…15:30展望台
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明星山「フリースピリッツ」
渕上
10月12日金曜日の夜から14日にかけて明星山に行ってきました。
明星山は3回目の計画でやっと登ることができた。一回目は新潟地震で中止、2回目は台風で中止、そして今度が三度目の挑戦。メンバーは中原さん(神戸労山)、若手の増田さん(神戸労山)の3人。二人とは普段からクライミングを楽しんでいて気心もわかっているので心強いし救助隊の仲間でもある。
西北に20時に集合し会の事務所でテントを借り今津で増田さんをピックアップして一路糸魚川を目指す。糸魚川インターから約30分で「ヒスイ峡」駐車場に2時過ぎに着いた。早速小宴会を始めるがポツポツとテントをたたく雨音、シュラフに入るころには本降りになってきた。またも登れないか・・余程明星山には縁がないのかとあきらめ眠りにつく。
朝目覚めると雨はやんでいたが駐車場のあちこちには水溜りができていた。空は明るくうっすら日差しもある。増田さんとあきらめながらも壁を見に行くと傾斜のゆるいところはべったりと濡れ黒くなっている。石灰岩は濡れるとすべるし少し様子を見ようと引き返す。3人で相談の結果、とりあえず取り付きまで行こうと言うことになり7時30分出発。
取り付きへは展望台の横を眼下の小滝川に向かってどんどん下っていく。飛び石伝いに川を渡り8時前に取り付きに着く。岩の状態は悪いが日もさしてきて上部に行けば乾いてくることを期待して8時15分スタート。1P〜7Pまで渕上リード、1P・2Pは完全に濡れているうえにブッシュが多くよく滑ってホンマこわかった。
3P目から本格的なクライミングになり壁もたってきて乾いてきた。残り8P〜15Pは中原さん、増田さんがリードし終了点に14時40分着。実質5時間30分で完登、3人でこの時間はすばらしいと思う。これも先週行った玉井さん(県連会長・メラピーク神戸)のアドバイスのおかげだ。誌面ですがありがとうございました。
下山は左岩稜を経てブッシュ帯を下るのだがものすごく悪かった。雨上がりのせいか粘土質の土が滑るすべるで大変だった。15時20分駐車場着。多くのおばちゃんギャラリーに取り囲まれ少々照れくさかったが嬉しかった。3人でガッチリ握手!
翌日は左岩稜を登る予定だったがあの下降路をまた下るのかと思うとモチベーションも上がらず初期目標は達成したので帰ることにし明星山を後にした。