山行報告書

神戸勤労者山岳会

 

1.参加者

                            中原、大石

2.山域・ルート

                            北アルプス錫杖岳「見張り塔からずっと」

3.交通手段  

                           

4.行動記録

 入山日2008年7月25日  下山日2008年7月27

第1日  

            神戸7:0013:30新穂高温泉―15:00錫杖沢出合(泊)

 第2日  

錫杖沢出合5:006:10「見張り塔からずっと」−13:45錫杖岳頂上14:15−牧南沢下降−17:00錫杖沢出合(泊)

 第3日 

              錫杖沢出合7:008:30新穂高温泉−16:00神戸着後解散

 

 

5.山行中の問題点・事故に繋がる要因

a)予定のルート・日程で行動出来たか?

 予定ルートをはずれた場合あるいは日程が異なった場合はその理由

 3日目に「注文の多い料理店」登攀を計画していたが、前日の「見張り塔からずっと」の登攀に思った以上の時間がかかったことと、

疲労を考えて3日目の登攀を取りやめ下山した。

 

 

b)事故に繋がりそうな要因(ヒヤリハット)が発生したか?

 発生した場合は具体的に記す

              特になし

 

 

c)パーティーで、山行中の事故に繋がる要因につき、山行後検討したか?

 

 

6.その他、ルートに関する情報・気がついた事など

このルートは錫杖岳北沢から頂上までの12ピッチのフリールートである。

グレードはそれほど高くないが、ルート上には残置はほとんどなく、ハーケン技術とナチュラルプロテクションのセット技術がクライマーに要求される。

下部岩壁にはビレイ点にすら何もなく自らビレイ点を構築するピッチもある。

上部壁は、核心部と言われるピッチは濡れていることが多く、ナッツやカムの正確なセットが要求されるクラックと6mのランナウトするトラバースが待っている。

そこを越えて「見張り塔」と呼ばれるテラスにたどり着いて初めて見ることの出来る錫杖岳頂上。

そして3人程しか立てない頂上。周りに広がる圧倒的な空間と北アルプス南部の山々の景観。

ルートの素晴らしさと頂上に立った感激を味わえる瞬間が待っている。

僕たちも核心部は緊張した登攀となったが、結局この緊張も楽しんで頂上に立つことが出来た。

このルートはオーソドックスな登攀技術を持っているクライマーなら登れるルートだ。

アルパインルートを登ると称して手垢に塗れた残置だらけの有名ルートを辿るより、こういったルートこそがクライマーを育てる、そういう思いを強くした今回の山行だった。

 

 

報告者氏名  中原    2008年 7月 27

 

 

 

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錫杖岳「見張り塔からずっと」 2008.7.25−27

  記:大石 

                                

このルートは昨年NさんとK労山のFさんと3人でチャレンジしましたが、その前2日間で40ミリの降水量があり、上部岩壁は濡れぬれの状態で水が滴っていて、やむなく敗退したルートでした。来年リベンジしようと決めていて、今回、再度チャレンジすることになりました。昨年の3人で行きたかったのですが、Fさんはお仕事の調整がつかず、残念でしたが2人で行くことにしました。

 

1日目>

 重いザックを担いで13:40登山口出発。錫杖に入るのはこれで4回目。3年連続錫杖沢出会いまでのこの道を歩くので、道の石や岩、木の根などを覚えていて、歩きながら懐かしい感じがした。15:00テン場の錫杖沢出会い着。テントを設営し夕食の準備をしながら、明日の登攀の成功を誓ってビールで乾杯する。夕食を食べていると夕立に見舞われて、慌ててテントに逃げ込んだ。結構な雨量で、

「(これはまた昨年に引き続き…。)」

と、嫌な予感がしたが、しばらくすると雨は止み、天の川まで確認できる満点の星空になった。

「(明日、日が差すと岩はきっと乾いてくれるはず…。)」

 

2日目>

 4:00起床。いよいよだ。でも、どんより曇り空。2人ともそのことにはあまり触れずに5:00出発。

「(大きく天候が崩れることは無いはずなんだけど。)」

待っても、お日様はなかなか顔を出してくれない。6:10北沢大滝下取り付き点着。ありがたくないことに蚋の大群に出迎えられる。(虫除けスプレーを全身ふり掛けたつもりだったが、ふり残した顔を何箇所もやられていることに、後になって気が付く。時、すでに遅し。)  

 今回は、Nさんから

「核心の2ピッチは行かせてもらうけど、あとはつるべで。」

と、言われている。

 

@ピッチ目 5.6 Oがリードする。昨年は岩の濡れのため左寄りにルートを取ったので、今回は大滝に沿って右にルートを取るように指示があった。トポ図(石際淳さんのホームページ<がおろ亭>に掲載されている。)にもあった、手の切れそうなフレークを、

「(これか!)」

と、思いながら登っていく。ピカピカのハンガーボルトを横目で見ながら使わずに右側を登る。テラスに出て、ピッチを切る。

 

Aピッチ目 5.7 Nさんリード。ガスがどんどん下がってきて、天候が怪しい感じ。気持ちまでどんよりしてくる。でもNさんはそんなことには動じず、大滝沿いのスラブをどんどん登っていく。

 

Bピッチ目 5.4 Oリード。本来なら本流脇のスラブを、カムを噛ましながら登り、ガレ場に出るのだが、そこは完全に濡れており、下から見るととてもカムを利かせられそうなところがあるようには見えず、ツルっと滑ったら大変。そこで、傾斜の緩い左から巻いて、バンドに乗り、そこから右へトラバースしようと登り始める。しかし、右に進路をとろうとするが、気色の悪い草つき阻んで、勇気が出ない。結局、そのまま上を目指し登る。途中、カムを1箇所と残置ハーケン1個にランニングを取る。ザイルはほぼいっぱい伸ばし、何とかビレーに使えそうな低木でNさんを確保する。足場はツルツルして安定せず、しんどい姿勢でのビレーになってしまった。

 

Cピッチ目 5.6 Nさんリード。ここは少し傾斜のある斜面になっていて、クラックにカムを噛ましながら、上部のスラブへ。ビレー点に着き、ハーケンを打ち込む音が響く。

 

Dピッチ目 5.4 Oリード。易しいスラブを登っていくが、ランニングを取ることができず、残置ハーケンで1箇所ランニングを取るが、思いっきりランナウトしている。ビレー点を探しながら登るがなかなかプロテクションを取れるところが無い。Nさんから、

「あと、7m。」

と、コールがかかる。

「(どうしよう。ビレーできそうなところが無い。)」

「あと、4m。」

少し先に何とかカムが使えそうな岩の割れ目発見。でも、

「もうザイルいっぱいやゾー。」

と。あと、1mほどの所で、ザイルがいっぱいいっぱいになってしまう。思いっきり腰でザイルを引っ張り、ザイルの伸びで、何とかそこに手が届き、カムを噛ませることが出来た。でもこの1点でのビレーではまずいので、その脇の頼りなげなブッシュでもう1点取り、支点を作る。このピッチ、結構もたついて時間が掛かってしまう。

「(もっと、判断をすばやくしないと。)」

と、反省。

 

Eピッチ目 2級 Nさんリード。傾斜のないスラブから草つきへ。どんよりした曇り空だったのが、時々薄日が差すようになる。

「(こうなったら、やっぱり上部も行くしかない?)」

 

Fピッチ目 ザイルを外し、中央稜を越え右俣沢をつめて大洞穴下まで登る。ルンゼは水が流れていてヌルヌルで、緊張した。9:30大洞穴着。昨年ほどでは無いものの、水が滴り落ちている。昨年このルートを登った他会の方から、

「濡れた岩を雑巾で拭きながら登った。」

と、お聞きしていたので、もう濡れているのを理由に敗退するわけにはいかなかった。というか、

「今回は絶対落としましょう。」

と、2人の思いは一致していた。日が差し始めたので、

「少しでも濡れがましになるかも。」

と、休憩がてら30分ほど待つ。この先は、まだ見ぬ未知の世界。

 

Gピッチ目 5.7 Nさんリード。岩の濡れがやらしいので、リードのNさんは空荷で行くことにする。Nさんのザックは荷揚げすることに。ビレーヤーの私も緊張する。大洞穴入り口左の松ノ木に向かって走っているクラックを直上するものと思っていたが、そこを超えてNさんは洞穴の奥の方に右に上がっていく。洞穴を抜けたパーティーの報告も読んだけど…、

「(えっ、まさか。そのままだと、洞穴に入っちゃう。)」

「Nさん。どこから…。(登るつもりなんですかー。)」

「こっちから上がって左に移っていくつもりや。」

それを聞いて安心するが、

「でも、気色悪いなー。」

と、直上のクラックに戻ってこられる。右のクラックにカムを1個噛ましてきているので、

「(私もあそこまで回収にいかなあかんのかー。)」

と思っていると、

「回収できんかったら仕方ないから。」

と。でも、カムの回収はフォローの大切な役割。

「(絶対、回収しますよ。)」

ビレー点に着いたNさんがまずザックを荷揚げしようとするが全然上がっていかない。たとえ軽いザックでもザイルにテンションがかかると、ザイルが岩面との摩擦で重くなり、なかなか動かない。私が、下からザックのお尻を押し上げながら登ることとなる。私にとっては自分のことだけでも精一杯な感じのピッチなのに、さらにザックの面倒まで見ながらなので必死だった。Nさんも、

「荷揚げは大変やからヤメや。担いで行った方が早いわ。」

と。次のピッチが核心部。

 

Hピッチ目 5.8 Nさんリード。左のコーナークラックにカムを噛ませながら登っていく。ここもまた濡れている。さすがのNさんも

「くそっ!」

と、声が出ていた。凹角を抜けると右にトラバース。プロテクションを取ることが出来ないまま進んで行く。ようやくカムを1つ噛ませて左上しようとされるが、

「しもた!右に来過ぎた!ちょっと戻るわ。」

と。このピッチはセカンドでも緊張して気色悪かった。トラバースの所のスタンスは湿って苔が生えているし、ホールドもバランスが取りにくいものだった。ザイルを張ってもらうと体が横方向に引っ張られバランスを崩しそうになるし、かといって張っていないと怖いし、落ちたら振り子になっちゃうし…。泣きそうになりながらも右に噛ませてあったカムの回収に成功し、確保点の見張り塔のテラスにようやく到着。錫杖のピークが見えている。ピークに続く白く美しい岩壁。

「(やっとここまで辿り着いた。あそこを行くのか…。)」

その景色は、なんだか感動的だった。

 

Iピッチ目 2級 Oリード。核心部をぬけ、易しい草つき。1箇所カムと1箇所ブッシュでランニングを取りながらザイルいっぱい伸ばし、上部壁基部へ。クラックに2つのカムを噛ませてビレー点に。Nさんに

「きれいに支点の構築が出来ている。」

と、誉めてもらう。

 

Jピッチ目 5.4 Nさんリード。濡れたフェースから草つきを直上。天候はすっかり回復し青空に。

 

Kピッチ目 5.4 Oリード。草つきを直上。頂上岩壁下まで。

 

Lピッチ目 5.7 Oリード。 この登攀前からNさんに、

「頂上に出る最終ピッチはOさんがリードで行ってください。」

と、言われていた。Nさんの親心?このピッチはルート唯一乾いた快適なピッチだった。大洞穴以降は残置ハーケン、ボルト類はほとんど無く、このピッチもきれいなクラックが走っているだけ。カムを噛ませながら登って行く。楽しんで、落ち着いて登れた。登った先は定員3名ほど(それ以上は危険だと思う。)の狭いピークだった。13:45。

「(こんなピークに立つのは初めて。)」

岩角で支点を作りビレーする。Nさんに上がってもらって、握手した。無事このルートの登攀を終えることが出来、そして周囲360度のすばらしい景色のご褒美。1年越しの想いが叶った。