C4からハイキング道を5分程歩いたスワンスラブは多くのクライマーで賑わっていた。見るとガイドがトップロープを張る為スラブを普通の靴でノービレイで登っていった。
しかしそこはクライミングシューズでも滑るようなスラブだった。いきなりカウンターパンチを食らったような気分だ。
この岩場でヨセミテクライミングをスタートする。よく滑るスラブとクラックを全員が2本づつ登る。グレードは低いが決して侮れないことをいきなり思い知らされる
ルートだった。
この後、車でバレイ内を回る。バレイの奥に盟主ハーフ・ドーム、その手前には傭兵のように聳えるワシントン・コラム、ロイヤル・アーチ、グレイシャーポイント。
谷の入り口にはミドル・カシードラル・ロック、そして1000mの白い花崗岩のエルキャピタン。写真や本で見てきた岩壁が目の前にあった。
エルキャピタンの下を通過した時はそのあまりの巨大さに車を降り、写真を撮りまくる。壁からどんなに離れても全景が入らない。
マーセド川対岸のミドル・カシードラル・ロックは屏風岩より大きい。それが全く平凡な岩に見えてしまう、エルキャピタンはそれほど大きな岩壁だ。
壁の中には数パーティが見える。みな点のように小さい。彼らはこの壁の中で数日を過ごすのだ。それを思うと初めて“ビッグ・ウォール”がどういうものであるか
理解できたような気がした。
バレイ内にはレンジャーが言ったようにキャンプサイトはなかった。ゲートを出て地図のキャンプ場マークを頼りにあちこち探し回って、
ようやくマーセド川沿いに今夜のキャンプ場を見つけることができた。
焚火のそばで夕食をとる頃から体調がおかしくなってきた。それでも翌日のマルチでとんでもない目に合うとは思いもせず、日本から持参した酒と地元のビールで
いい気持ちになってシュラフに潜り込んだ。
今朝もC4テントサイトを確保するため3時起き。4時にヨセミテバレーに戻り、門脇さん、吉谷さんは受付前でシュラフに潜りながら並んでくれ、
あとの4名は車の中で仮眠しながら8時半の受付開始を待った。私たちの前に6人ほど並んでいた。
『多分大丈夫だろうけど、今日もあぶれたら、またテントサイトを探しての放浪の旅だ。』
幸い何とかテントサイトを確保した。でも、私たちの3つのテントは区切られたサイトのバラバラの区画に張らないといけないらしい。めんどくさい。
9:00 テントを張り、朝食を摂る。
今日はアフターシックス★★★★を登る。車で移動。
11:00 マニュア・パイル・バットレスの取り付き着。駐車場から取り付きまで5分だ。女性2人のパーティーが取り付いている。それを待ちながら、
装備を付け準備する。岩佐−井川P、門脇−吉谷P、中原−大石Pの順で登ることに。でも、昨日から中原さんは体調が優れないようで顔色が冴えない。
朝食べたものを全部もどしてしまっている。それでもクライミングするつもりのようでハーネスを着けギアラックにカムも準備していた。リードもするつもりだ。
何度か
「大丈夫なんですか?」
と聞いてみるが…。
このルートは5.7 5.5 5.6 5.6 5.6 5.6の6ピッチである。
まず岩佐−井川パーティー、そして門脇−吉谷パーティーが続いた。1ピッチ目を数メートル登ったところが1ピッチ目の核心部のようでリードの岩佐さんは
フォローの井川さんに
「頼むで!」
と声を掛けていた。門脇さんもそこで悩んではるようだった。
門脇さんが登るのを待っているとそこになんと!
「出たぁ!熊や!」
どんどん私たちのところに近づいてくる。
『何なのよー!何でこっちに来るん?!』
ほんの2メートルほどのところまで近づいてきた。どうやら私たちの荷物を狙っている様子。私たちを荷物の置いてあるその場から遠ざけようとウォーと威嚇してきた。
慌てて荷物をザックに詰め込んで背中に担いだ。
『何なん!怖いやん!あっち行け!!!』
と、声に出すのも恐ろしく、固まってじーっとしているだけだった。
『もし襲ってきたら、どうしたらいいん?木に登っても熊さんも木登り上手やし…。登れるところまで岩を登ったほうがいいんやろか…。武器になりそうなんは、
カムをいっぱいぶら下げたギアラックくらいか…。これを振り回して戦わなあかんのやろか…。』
などと、頭の中をグルグルまわった。
でも、しばらくすると熊は諦めて私たちの傍から離れ、別のパーティーが木の枝に吊るしているビニール袋をクンクンし、食べ物が入っていないのがわかると、
どこかへ行ってしまった。
『助かったー!』
フォローの吉谷さんが登り始めたので、私たちも準備する。中原さんがリードのつもりでいたが、中原さんから
「このピッチ行ってみる?」と。
『えー。そんなん心の準備が出来てない…。………でも具合の悪そうな中原さんにリードしてもらうのも心配だし…。ふにゅふにゅ。いじいじ。』
と、優柔不断な私はしばらく悩んだあげく、結局リードさせてもらうことにした。
1P目 5.7 40メートル すごい緊張の中、13:30取り付く。核心部は左のコーナークラックは幅が広めで私の技術ではジャミングが効かせられず、
右足はスメアリングだが岩がツルツルに磨かれていて滑ってしまう。その1ポイント、なかなか勇気が出ず、プロテクションとしてとったカムにテープを垂らし、
スタンスとして登った。あとは何とか登れた。ルートは回収出来なかったカムが1箇所残置されているが、あとはビレーステーションの立ち木まで何も無い。
5.7と言っても難しい。立ち木で支点を構築し中原さんに登ってきてもらうが、結構時間が掛かってなかなか上がってこない。いつもの中原さんと違う。
上から覗いてみると、オエェェェェェーと、吐くものは無いので空嘔吐しながら登っている。
『エエエエエッーーー。大丈夫なん?』
でも、とりあえずここまでは登ってもらわないと。このピッチで敗退するにも40メートルのピッチでザイルは60メートル1本しかなく、ピッチ途中に立ち木も無く
ピッチを切っての懸垂も出来ない。先行している門脇パーティーはすでに登って行ってしまっていて姿が無い。やっとのことで中原さんが上がってきて、
「ちょっと様子がおかしいんや…。リードは無理やわ。大石さん、次も行ってくれるか。フォローやったら行けると思う。」
『ちょっとって、ちょっとやないやん!相当おかしいで…。』
懸垂で降りることも出来ないのでとりあえず登るしかない。何とか門脇パーティーに追いつこう。
2ピッチ目 5.5 45メートル 傾斜の緩い易しいクラック沿いを登る。途中、プロテクションは2箇所とる。2ピッチ目の終了点で門脇さんをビレーする吉谷さんに
追いつく。
「中原さん…相当具合が悪そうなんです。大丈夫とは言ってますけど。」
と、伝える。
3ピッチ目 5.6 25メートル プロテクションは右のワイドクラックの中のカムを噛ませられそうなクラックを利用し、クラック左のフェースを登る。
快適!こんなに快適なのに中原さんが気の毒だ。
4ピッチ目 5.6 40メートル 取り付きに着くと門脇さんが吉谷さんをビレーしていた。スラブの中のクラックを登る。
5ピッチ目 5.4のフェースから5.6のクラックへ。 25メートル 取り付きで門脇さんパーティーと4人が一緒になる。ちょっと疲れてきたけどルートは快適。
楽しくレイバックで登っていく。中原さんは少し楽になってきたのか表情がましになっている。
6ピッチ目 5.6 30メートル ハンドクラックからフェースを登る。上を見ると岩佐さんが上から覗いていた。このピッチで終了だ。広いテラスに出て終了。
何とか全ピッチリードして無事登って来れて、ホッとした。
テラスで装備を片付け遠くに聳えるハーフドームをバックにパーティーごとに記念写真を撮る。
下降路はテラスから少し登って踏みあとに沿って左の方へ下っていくと30分で取り付きまで戻れる。
吉谷シェフがみんな長旅の疲れと食べなれない食事でお腹もへたばっていたので、
「今日はあっさり消化の良いものにしよう。」
と、日本から持って来たご飯を炊いてくれた。お茶漬けして、いろんなお野菜をアレンジしたお料理をいっぱい頂いた。
9月21日(月)(中原記)
〜ショートルートクライミング・スワンスラブ〜
C4の朝はまだ寒い。みな羽根服を着ての朝食から一日がスタートする。テーブルでパンを食べていると、あちこちからリスが現われてくる。
パンくずをこぼそうものなら人間を怖がりもせずサッとやって来てそばで食べ始める、C4のマスコット。
今日は岩佐さんと井川さんはマルチピッチのナットクラッカーを登りに行った。僕は昨日の体調不良も吉谷さんが昨夜作ってくれた雑炊のおかげで体調も回復してきた。
それでも今日はマルチは控えよう。残った4人でスワンスラブに行く。今日も続々とクライマーがやってくる。
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スワンスラブを登る |
今日はスラブを2本、クラックを3本登る。最初に登ったスラブにはボルトは全くなく、裏側から廻り込み立木でトップロープをセットして登る。
続いてオフウィズスのクラックルートを大石さんがリードする。トポでは終了点にボルト2本のアンカーが記載されていたが、そばにいたレンジャーに
アンカーのことを尋ねると、「No、Anchor!」と言ってにこにこ笑ってうなずいている。結局大石さんはクライムダウンして立木をアンカーにして下降してきた。
今日でクライミング3日目だが、ここには残置が全くと言っていいほどない。クラックには当然ない。スラブにすら5.7や5.8にはボルトはほとんどなく、
あってもピッチ上に1,2本という程度だ。そして1ピッチがいずれも長い。昨日のアフターシックスもそうだった。ビレイ点を決めるのも構築することも
全てクライマーに委ねられているのだ。この地のクライミング倫理と素晴らしいクライミング環境を目の当たりにして、ボルトやハーケンとスリングだらけの
日本のビレイ点のことを考えさせられた。
日中は、日蔭は涼しいが陽が射しているところはとにかく暑い。5本登ってとりあえずC4に戻る。
しばらくすると岩佐さんたちがナットクラッカーから戻ってきた。これも素晴らしいルートだったという。
夕方、今日もヨセミテビレッジで買出しをしてから夕食の支度にかかる。C4に戻りテーブルに食材を出し始めると、おなじみのリスたちが辺りを走り始める。
今日のクライミングを話題にビールを飲み、ゆっくりとC4の食事を楽しむ。
9月22日(火)(大石記)
〜ヨセミテのベストルート五つ星グレイシャーエプロン・グラックセンター3Pを登る〜
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2ピッチ目を登る |
このルートはヨセミテで5.6の中のベストルートと言われている。
9:00 カリービレッジから奥に少し車を走らせ、グレッシャー・ポイント・エプロンの下の駐車場に車を止め、そこからエプロンに続いている踏み跡を
岩の取り付きまでグングン上がる。すると、そこにはつるんつるんのスラブが。太陽の光が反射して、オイルを流したように光っている。
そしてあまりにも大き過ぎ広過ぎで、私たちの目指すルートが確定できない。岩の基部をどんどん左に進み、20分くらい行った所にようやくなんとなく私にも
登れそうな傾斜の岩面が出てきた。トポと照らし合わせてルートを確認する。ルート グラック・センターはつるつるのスラブにすーっと弓なりのクラックが走っている。
それだけだ。
昨日スワンスラブで出会った白人のおじさんおばさんパーティーもそのルートを探していたようだ。私たちが装備を付け準備している間に2人はグラックセンターを
登り始めた。フォローの女性がバックロープを引いて登って行く。途中に立ち木は全く無く、もちろんボルトも無いようだ。3ピッチとトポでは書いているが、
『どこで切るのか?終了点には懸垂の支点はあるんだろうか?』
昨日スワンスラブでトポに書いてあるボルトが撤去されていて支点が無いため、仕方なく立ち木までクライムダウンして恐ろしい思いをしたのを思い出していた。
このルートは、中原−大石P、門脇−吉谷P、岩佐−井川Pの順で登る。3ピッチ140メートルほど。
1ピッチ目 5.6 11:00に取り付く。大石リード。日差しを遮るものが何も無く、焼け付きそうな炎天の下登る。岩が熱々に焼けていて、
岩にじっと触れていられないくらいだ。足の裏も暑くて、裏のゴムが溶けないか心配。傾斜は緩く、快適なクラック。おじさんたちがピッチを切ったところまでの
つもりだったが、おじさんたちより右の少し低い所から取り付いたので、あと数メートルほどの所でザイルがいっぱいになってしまった。仕方なくそこでピッチを切る。
おじさんたちは無線でコールを掛け合いながら登っていて、とてもスマートでカッコ良かった。
2ピッチ目 5.6 中原さんリード。すごく快適なハンドクラック。今回全員でICIに取り寄せてもらって買ったクラック用のグローブが大活躍。
クラックに足も突っ込みフットジャムで登る。
3ピッチ目 5.6 大石リード。クラックは少しずつ狭くなりフィンガークラックからシンクラックへ。弓状のクラックは最後消えてしまい、プロテクションが取れない。
ランナウトし過ぎてしまう。プロテクションを取らずに登るにはちょっと傾斜があり私には難しい。
『どうしよう。』
と思いながらキョロキョロと岩を観察すると、左に細いクラックが走っているのを見つけた。そっちのクラックに移ることにする。
でも、移るには弓状クラックを右方向に登り過ぎているので、仕方なく左のクラックに移れるところまでクライムダウンした。
その右側をおじさんたちが懸垂で降りて行った。残り少なくなったカムやナッツをやり繰りして細いクラックを登り、終了点のテラスへ13:15。
ハーフドームが目の前にドンと聳えていた。私たちパーティーが登り終わったころ岩が日陰になった。エプロンは午後の日が陰ってから登ったほうが快適だ。
そのためか、その時間になってから何パーティーか取り付きに登って来た。
2パーティーが登ってくるのを周囲の景色を堪能しながら待つ。岩佐−井川Pがバックロープを引いて登ってくれたので、4本のロープを使い6人で懸垂下降した。
3ピッチの懸垂だ。終了点とルート途中にある懸垂用の支点、最後は立ち木を利用し懸垂する。
グレードは低いけどさすが★★★★★のルートは本当にすばらしかった。残置は全く無く、自分でプロテクションを取りながら登っていく楽しさを感じることが出来た。
『このルートは絶対お勧め。』
9月23日(水)(中原記)
〜エルキャピタンベースを登る〜
今日はクライミング最終日。午前中、エルキャピタンベースでクライミング、午後は買い物というスケジュールだ。
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エルキャピタンベースを登る大石 |
マニュア・パイル・バットレスの駐車場に車を止め、エルキャピタンを目指してハイキング道を歩く。頭上には覆いかぶさるようにエルキャピタン南東壁が聳えている。
やがてエルキャピタンベースに到着、1,000mの壁の中には今日もいくつかのパーティが点のように見える。
ノーズの取付き点へつながる短いシンクラックPine Lineを登る。その終了点には1パーティが巨大なホールバックと共に待機していた。これからノーズに挑むのだろうか?
全員が登ると既に昼頃になっていた。ここは日蔭もなくとにかく暑い。結局今日はこの一本で終了、予定通り午後はバレイ内の観光と買い物に行くことにする。
カリービレッジやヨセミテビレッジで買い物や食材を買い出してC4に戻る。岩佐さんはテントで仮眠、門脇さんと吉谷さんはシャトルバスで夕景のハーフ・ドームの撮影に
出かけて行った。それぞれ思い思いにC4最後の夜を過ごす。
9月24日(木)〜26日(中原記)
〜ヨセミテを去る・帰国〜
今日はヨセミテを去る日だ。大石さんは、「帰りたくないねぇ」と言っているが、みな同じ気持ちだろう。テントを撤収し、余った食材はC4に後から来たYさんにあげて、
C4を後にする。車でゲートに向かう途中、エルキャピタンの下でもう一度1000mの壁を見上げ、バレイに別れを告げる。
バレイからヨセミテの展望台、グレイシャーポイントへ立ち寄る。ここから見るバレイはまるで箱庭のように美しい。一昨日登ったエプロンのスラブがはるか眼下に
今日も白く輝いている。みなで写真を撮りあった後、再び広大な丘陵地帯の中を車を走らせサンフランシスコへ。
サンフランシスコで一泊、翌日はホテルが手配してくれたリムジンで空港まで移動、出国手続きを済ませ機上の人となった。
2009ヨセミテデータ
【行程・クライミングルート】
9月18日 関空〜サンフランシスコ〜ヨセミテ
19日 スワンスラブ 5.6〜5.7
20日 マニュア・パイル・バットレス アフターシックス 5.7
21日 マニュア・パイル・バットレス ナットクラッカー 5.8
スワンスラブ 5.6〜5.8
9月22日 グレイシャーポイント・エプロン グラック・センター 5.6
23日 エルキャピタンベース 5.7
24日 ヨセミテ〜サンフランシスコ
25日 サンフランシスコ〜関空
26日 関空着
【費用】
・航空券(関空〜サンフランシスコ往復) 157,180円/人
・レンタカー代(トヨタシエナミニバン、ナビ付き) 75,200円
・ヨセミテ入園料(車1台、一週間有効) 20$
・C4キャンプ場代 5$/人・泊
・ハウスキーピングキャンプ場(テントキャビン1泊6人) 99.79$
・サンフランシスコホテル代 7,000円/人
・食事代その他 20,000円/人
一人当たり総費用 200,000円
【ミニ情報】
・C4のテントサイト確保は混雑している時は夜明け前から並んだ方が良い。
・キャンプ場で使うガスコンロ・ガス、食材はヨセミテビレッジストアで購入可能。他にヨセミテロッジの中のストアにもビール・ワインはある。
・EPIのガスはカレービレッジ内のマウンテンショップで購入可能。
・今回使った「Yosemite Valley Free Climbs SUPERTOPO」はアマゾンで購入した(約2,800円)。ショートルート、マルチピッチは網羅されている。
但し、データは一部古い。トポにはアンカーがボルトとなっているが、現地では撤去されている場合が多かった。インターネットで必要なルートだけダウンロードも可能
(もちろん有料)
・到着日の宿泊は日本から予約しておいた方が良い。公園内のロッジやキャンプ場の予約はヨセミテ公園公式サイトで可能。
・レンタカーは、HISを通じて予約した。Hertzでは日本語ナビ搭載の車あり。
・食糧を入れたザックをクライミング中に無造作に放置することは厳禁。アフターシックスの取付きでは熊が現れた。エルキャピタンベースではリスが食料をうかがい、
油断ならなかった。
・シャワー、ランドリー設備はハウスキーピングキャンプ場内にある。シャワーは5$、洗濯は洗剤が75c(25c×3)、洗濯機が1$25c(25c×5)、乾燥機が10分25c。
25c硬貨がたくさんいる。