賀の大日山の冬季縦走

山行期間:2004年1月9日(金)〜12日(火)

山 域 :加賀の大日山(小日山登山口〜小大日山〜大日山〜大日山登山口)

山行目的:初冬の雪山を楽しむ/白山山系の把握

参加者 :CL北口、杉田、坊垣、尾崎、宮永、西、庄司。

去年の八ヶ岳冬山修了山行に続いての冬山テン泊山行です。僕の本格的な登山は、6年前の、加賀の白山(夏山)でした。白山へは夏山修了山行でも行けたし、思いのある山系でしたから、大日山登山がアナウンスされた時、手を挙げました。今回は装備係を言われたので、記録関係は全く考えておらず、時間など詳しいメモを取っていません。下山後「山行記も書いたら?」と注文されたので、皆様への御礼と、冬山初心者の参考になれば…と書いておきます。

今回、装備係だからOzさんから詳しいお話を伺えたのが収穫でした。テントに関しては知識がなく前日/当日と労山事務所でOzさんと組立てて確認しました。実際にテントに触って確認したのは良い経験でした。初めての人は、ぜひ一度自分で組み立ててみては?

1月9日(金)夜10時、神戸労山事務所を出発しました。2台の自動車に分乗し、北陸道をひた走る。加賀の山中温泉で登山口の林道に出るための道が判らず迷いました。カーナビを付けても判らないのです。温泉街の真っ暗な狭いクランクした道の中に正しい道を発見するまで半時間かかりました。

今回の山行で、僕は『冬山で一番重要で困難なのは、ルートファインディング』と深く理解しましたが、ベテラン達を悩ませた此処が、山行中で一番の核心部ではなかったかと思います。核心部をぬけて深夜2時頃に無事に登山口手前の分岐まで乗り付けました。外気温は氷点下でしたが、テン泊する事なく、エンジンを掛けながら車中泊で朝まで寝られたのは有り難かったのです。

1月10日(土)朝6時半、起床しました。周囲を見ると「古久谷焼の窯跡」がありました。伝説の場所という事は話には聞いてましたが、陶器に興味のない僕がこんな所に来るとは思いませんでした。大日山登山口の「真砂」(まなご)の廃村は九谷焼の本場だったところです。降雪があると脱出できなくなるため、登山口よりかなり手前の所に自動車を停めましたが、既に雪は足首までありました。

去年の八ヶ岳修了山行の時は、経験のない雪山テン泊であり、万事どうしたらいいのか判らなかった。書物やベテランの話が飲み込めなかったのである。同じ時期に入会したMiさんに、何回もメールで問い合わせ、初心者同士で知識を頂いたものだ。事前の確実な知識の収集を常に心がけておくべきと、ひとこと言いたい。

装備を自動車から出し、分担して背負う時「少しでも重い物を持とう」と思ったのですが皆様に取られてしまいました。テントを持つつもりでしたがSuさんに取られてしまいました。今回は、去年の北八ヶ岳の雪山修了山行の時より、軽いザックで出発したと思います。

神社(廃寺)裏手の、小大日岳へ通じる登山口(=徳助新道)から時計回りにグルリと大きな「コ」の字を描いて、大日山系をラウンドする事になりました。地図上では大きなコの字の中央に「大聖寺川」の源頭が隠されています。大聖寺川はコの字の左へ流れ出しています。

さて、徳助新道の始点はどこか? 地図を見ながらルートを探しました。初っぱなから登山口探しだった。先行トレースのない新雪の山では道を探すのも大変です。地図には記載されていませんので、地形から判断しましたが、標識があったので判りました。

ここで注意したい事があります。僕の場合、道具を何もかもリュックにしまってましたがホント愚かでした。ホント全く進歩がない。磁石と地図は常にポケットに入れ、山行中はいつでも取り出して確認するようにすべき。今回の山行では、僕はルートファインディングに関しては…あきらめていました。経験豊富な皆様と一緒の山行でしたから不安はありませんでした。自分でルートをとれと言われたら困ったでしょう。連れていって貰う登山という事で今回は何のお役に立てなかったけど、地形確認は今後の課題として必ず真剣に取り組むつもりと、ひとこと書いておきます。

徳助新道の「徳助の頭」の所まで3時間はかかったと思います。新雪が50センチほど積もったブナの樹林の急坂を抜けるが、今回の登山に先駆け正月4日に比良山へ登っていましたので、何となく、冬の比良山に山相が似ているなあと思ったものです。樹林の中で、ワカンを履くことになりました。夏山登山は膝にくるけど、冬山登山は疲れが太股に来るような感じです。僕は普段からランニングで足腰を少しばかり鍛えているのが自慢です。冬山は体力勝負であると、ひとこと言いたい。

3日間、ワカンを履いての山行になりました。新雪のフワフワした雪の中を歩いていくのです。初めてのワカンの履きこごちは意外とソフトでした。夏山であれば、どうという事のない、ちょっと向こうの僅かな距離が結構厳しく、ザックの重量もあってアゴが出そうでした。途中ワカンがゆるみ、慌てて履きなおす等、手間がかかって焦りました。登山前にキチンと練習するべきでした。「練習しないとワカン」と寒い冗談を書いておきます。

徳助の頭から痩せ尾根を過ぎ、降雪がきつくなりだした頃、午後2時に小大日山まで来ました。登山口からは地図上の直線距離で3kmだが踏破に5時間かかってます。真砂村が標高500mで小大日山が標高1,200mでした。皆様は高度計がついた上等な腕時計を使われていたけど、正確な高度が判ればルート確定に使えるし、冬山には便利と思いました。

降りしきる雪の中、小大日山のピーク南下に雪を踏み固めてテントを張ります。「♪狭いながらも楽しい我が家」の出来上がりです。Ozさんと事務所でテントを張る練習を何回もやったから気が楽でした。用意した2張りのテントの出入り口をくっつけ並べて、「♪トントンとんからりと隣組」、炊事の時には出入り口を通して鍋を出し入れしました。設営の知恵には毎度驚かされます。水作りは時間ばかりかかって大変でした。鍋に2杯作るのに1時間以上かかったと思います。普通、テント内部のナイロンの味がして美味しくないのですが、白山山系の雪は美味しい水になりました。

個人的な話で恐縮ですが、僕は聴覚障害者なので(=要は耳が聞こえませんもので)、食事の時間や楽しい会話の時間が持てない人間です。食事中や飲み会では悪気はないのですが、なるべく他人との会話を避けるタイプの人間です。決して人間嫌いな訳ではないのですが…。しかし山行中のテントの中では皆様と一緒に同じ鍋の食事を頂きながら非常に満たされた感情が身体中に満ちている様に感じました。これは冬山に特有なのでしょうか?。濃密な暖かい、何とも言えない感情で胸がいっぱいでした。感情がこもるあまり(笑)、ペットボトルに詰めてきた個人持参の安物ウィスキーを1晩で飲み尽くしてしまい、ホント腰を抜かしました。冬山登山で、このような事をしでかすとはバカな事です。久しぶりに酒に飲まれてしまいました。ホント困った人です。テントの中で言葉を交わす事が、こんなに楽しい事とは思いませんでした。

1月11日(日)朝6時半、起床しました。深酒のお陰?でグッスリ眠れました。夜に降雪が有った事はテントの壁に積もった雪の量で判りました。30センチばかり積もったと思います。本日の新雪ラッセルが思いやられました。事務所での設営の練習でOzさんから、「テントポールを雪の中に立てるなどで、雪をつけるな」と注意されたものです。「そんな事をしたら凍って抜けなくなる」と…。これはテント撤収の際、ポールが実際に抜けなくなったから慌てました。注意して設営/撤収したのに凍らせてしまったのです。実際に凍らせると、手袋を填めた手でこすり摩擦熱でポールを分解します。

降りしきる雪の中を出発しました。新雪のトレースのない稜線のラッセルは、白い航跡を後ろに残しながらウンセカウンセカとゆっくり前進します。「♪僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる」。詩は美しいが、何回も道を間違えてはバックして戻ります。ルートファインディングは大変で一生懸命です。尾根筋は、地形図でも確認するのですが、等高線のイタズラもあり、コースとして特定しづらい部分も大きいと思いました。吹雪ぎみになって視界が悪くなると、周囲の風景を視認できなくなるから、なおさら大変です。この日はコースを決めるのが大変でした。

僕は邪魔してはいけないから黙っていましたが、皆様の動向には注意してました。例えば、山頂近くのコースを降る場合、間違った尾根へ降ったら、山頂近くまで登り直さないと正しい尾根へ戻れない。万事、慎重にコースを判断しないといけない。今考えたら「全ての状況での危機管理」と言うことで、初心者向きの雪山山行とはいえ、全てに良いテーマを与えられた登山だったと感じています。道のない冬山は、何にも増してルートファインディングが重要であると、ひとこと言いたい。

服装関係は、去年の北八ヶ岳の雪山修了山行で理解していました。僕は非常な寒がりですが、下着は「化繊のパンツと、長袖シャツ(薄手)、膝迄の股引(薄手)」、中間着は「マイクロフリース上着、マイクロフリースのズボン」、防風用に「ゴア雨具の上着、雪山用ゴアのパンツ」で充分でした。なお、靴下は革靴に合わせ2枚重ね。手袋は通常使用に、使い捨て80円の薄手の化繊手袋(=便利)と、吹雪の時の為の上等のウール厚手手袋を持っていきました。予備服に、マイクロフリース上着1着と、入浴後の下着上下、ウールの靴下1足を持参しました。4日くらいなら、この程度で良いと思いました。

今回、手持ちの革靴で参加して良いのか迷ったものです。僕の持っているヌバック革のアルパインブーツでは、革が薄くて寒そうです。装備の事で皆様に心配をかけたくなかったので、Ozさんにも相談したのですが「僕も同じタイプの靴で行くから…」と気を使って下さり恐縮しました。3日間使った感想では「やはり革がジットリ濡れるから、新雪ラッセルでは、3日が限度?」と思いました。靴には撥水ワックスをたっぷり塗りこみましたが、下山する頃には、だいぶ水を吸って重くなっていました。撥水処理は登山前にシッカリ行った方がいいと、ひとこと言いたい。

稜線では、少し風が出てきて、吹雪ぎみになりました。僕のザックが、大昔の品物という事もあるのでしょうが、吹雪でストラップが氷結して往生しました。僕みたいに、しょっちゅう、ストラップを動かす癖のある人は、行動中、ザックのストラップ類をベストな位置で固定した方が良い様に思いました。吹雪でメガネが雪で見えなくなるには困った。一行で眼鏡は僕だけでした(=皆様はコンタクトレンズだった)。視界(眺望)が悪くなると登山の楽しさが無くなります。視界の確保は重要と思いました。

一番苦しかったのが、大日山の避難小屋に駆け込む時でした。その時のラッセル当番のMiさんは疲れていただろうに、ワッセワッセと鬼みたいに急斜面をラッセルして登っていくので凄かった。その時は吹雪が強く、のんびり稜線散歩どころではなかったのです。大日山のピークも確認できず(=ハッキリしたピークではなく、なだらかな稜線地帯だったから知らずに通過した?)、とにかく先を急いでいました。

避難小屋は屋根の高さに雪が積もっていました。入り口の辺りに雪が入っている程度で、きれいな小屋でした。ちょうど午後2時に到着しました。リーダーから冬山の行動停止時間は午後2時から3時までと伺っていましたが、ここまでキチンと時間設定ができている事に驚きました。テントからは、地図上の直線距離で3kmだがミスコースもかなりあり、踏破に6時間かかってます。

避難小屋に泊まるのは初めての体験でした。手際よくガスストーブを囲んで車座になって、水を作りながら雑談しました。再び、濃密な何とも言えない感情で満たされました。この日は、僕の43回目の誕生日でありました。皆様にお祝い頂け嬉しかったものです。避難小屋の中はガスストーブを囲んでいてさえ寒かった。やはりテントの方が暖かいのです。寒さのあまり、足のつま先が痺れるので足に手袋をはめた猿人が2名おり、それは、僕とSuさんです。しかし就寝時は、狭いテント内と違い、身体を伸ばせるのが有り難かった。

1月12日(月)朝6時半、起床しました。温度計を見たら、室内で氷点下5度でした。やはりテントの方が暖かいです。

最終日に、真っ青に濃く青く、空が晴れ上がったのが素晴らしいかった。「美しい…」と同行のNiさんが感嘆していたけど、神々しい…生命の息吹きすら許されない残酷な美しさと思いました。最終日の疲れも吹き飛ぶ…素晴しい眺望でした。加賀の白山山系の中にいたのです。

避難小屋を出発した時、稜線上を美しく何処までも延びていく、白い尾根筋に騙され、下山道を間違えました。かなり長いコースミスをして、それは当然、下の方では尾根を3個またがるくらいに間違える事になりました。降って来たところまで戻るのに2時間はかかったと思います。下山後「冬山は休憩の時間が無いんですね?」とBoさんに質問したら、「休ませてくれないのです…」と一言おっしゃっておられたのが印象に残っています。お手伝いできず、申し訳ありませんでした。それほどルート確定は大変だったのです。

下山中、ちょっと悩みがありました。フンギリが悪く下腹部が張っていたのです。生理現象ですが、冬山では御叱呼が全く出ない…。行動中は水分を取れないし、また喉が渇かないから仕方のない事ですが、水をガブガブ飲めないのは身体にはキツイでしょう。汚い話で恐縮ですが、濃い赤褐色の御叱呼を朝晩2回、ごく少量致す事になります。雲呼の場合、体内に水分が吸収されるせいか固くなり(?)、出が悪くて困りました。下山してから一杯出てきて困りました。お通じの問題は深刻です。起床時からリキんで踏ん張って(笑)、朝のうちに出し切るのがコツでしょうね。

夏道も見つかり、尾根道を詰め快調に下山します。最後の小尾根を詰めようとしたのですが、尾根は斜面となり斜面は急な高い崖となり、そこで停止しました。崖下から、川の流れる音が聞こえます。滑落しては危ないから、リーダーが先に調べに降りて行かれましたが、リーダーというのは、いついかなる時でも本当に大変な仕事だと思いました。コース的には正式な登山口の近くに出られましたが…。

真砂の廃村に出たのが、午後2時少しでした。下山後直ちに、山中温泉に入浴できたのが有り難かった。KiさんやOzさんに往復とも運転頂け、装備の後始末も含め、万事お世話になりました。皆様、ありがとうございました。どうか懲りずに、またご同行をお願いいたします。

今回、迅速な雪中行動と、自己装備のより一層のコンパクト化と、寒さに対する知識の重要性をリーダーに注意されました。いつかは、自分の力で、キチンとルートファインディングしながら、名も知らぬ尾根筋を詰めてみたいものです。 ありがとうございました。  

大日山山行記録