黒部・下の廊下 山行感想文

                                     宮永 記

 

9月30日(金)

今年は紅葉が遅れているようだが、天狗平付近から上は、落ち着いた秋の色に包まれている。室堂周辺を散策の後、アルペンルートで黒部平駅へ。そこからは徒歩でロッジくろよんに向かう。ロッジ周辺はまだ、緑のブナ林に覆われていた。

 

10月1日(土)

うす暗いうちから歩き始め、黒部ダム駅に着いた時、雄山や大汝山に朝日がさし始める。山々はピンク色に染まり、その後しばらく、眩しいほど明るい黄金色に輝いていた。天候が下り坂に向かう兆しかと心配しながらも、きれいな朝焼けに見とれていた。

河原へと下って橋を渡り、黒部川沿いを歩き始める。水平道は山肌にくっきりと1本の線を描いている。内蔵助谷の広い河原まで来て朝食をとった。ハシゴを越え、雑木林やガレ場を抜けて、岩壁をえぐった道を進むと、対岸に長い垂直の滝(新越沢)が見えてきて、この先、所々に雪渓が少し残っていた。水平道の水面からの高度差は、だんだん増してくる。そろそろ核心部かと、高巻きや大ヘツリという言葉にちょっぴり緊張する。道中は随所に、山側の岩にワイヤーが張ってあったので助かった。ワイヤーに頼りきらず、自分の力でしっかりと歩くことが基本ではあるが、高巻きも高所のヘツリも丸太の橋も、不安な時はワイヤーを握れたので恐れることなく通過できた。高度感にも慣れてきて、遥か下に広がる渓谷の景観を楽しむ。淡い青緑色の淵に、白く泡立って流れる早瀬のコントラストが美しい。

いつの間にか両岸が狭まってきて、高度感もさらに増してきた。このあたりが白竜峡だろうか。両岸とも断崖絶壁の深い谷となり、吸い込まれそうな深い青緑色の淵を、水が勢いよく白いしぶきをあげて流れていく。木のハシゴを数本連続登りきり、すぐにまたハシゴを下る大きな高巻きがあり、少し緊張した。核心部を過ぎると、しだいにまた谷が開けてくる。岩をえぐった水平道、樹林帯の中を歩き、吊橋が見えてくると十字峡だ。わかりにくいが、吊橋手前の小さな広場から右下へ、林の中を下りていくと大きな岩に出て、十字峡がよく見渡せる。左右から沢が合流して、青緑色の大きな十字をつくる。ナナカマドの赤い実が、緑と白の水面に映えて美しい。

橋を渡って樹林帯の中をさらに進む。ここから先の道は安定していた。仙人ダムを越えて急な尾根を登ったあたりで小雨が降りだす。仙人池方面との分岐から少し下ると、阿曽原温泉小屋に着いた。小雨に霞む谷を見渡しながら入る山の中の露天風呂は、緑に囲まれた秘湯であった。

 

10月2日(日)

 夜中から激しい雨音。今日はもう難所は無いはずだが、万が一、滑って水平道から落ちたりしたら・・・と思うと、少し緊張してくる。出発時間を遅らせて明るくなってから歩くことにする。今日はハイライトシーンも無いようなので、小降りになった雨の中をひたすら歩く。志合谷の、150mの長いトンネルは真っ暗で、ヘッドランプ必携。足元の水たまりと、頭を打つ低い天井に注意しながらゆっくり歩いた。谷の向こうへ出て水平道を暫く行くと、トロッコ電車の音が聞こえ始める。最後に急な山道を下りきると欅平駅に到着、無事下山した。

 

紅葉が始まっていなくて少し残念だったが、緑の木々に囲まれた渓谷は、涼しげでとても美しかった。ブナ、ミズナラ、ナナカマドなど、道中には広葉樹がたくさんあったので、鮮やかに色づいた錦秋の装いも、さぞ美しいことだろう。

高度感のある水平道は、尾根を歩くのとはまた違った赴があり、ゆっくりと秘境の渓谷を満喫できた楽しい山行だった。

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